負け犬の遠吠え ~初めての借金~
それは25の時。
その頃彼は、金融機関を辞め、食品工場でのアルバイトを2年くらいした後、障害者介護施設の契約社員として働いていた。
給料は手取り15万円ほど、ボーナスは年2回月給1ヶ月分程度で、実家暮らしなら、普通に生活すればそれ程困らなかったのだが、パチンコをし続ける為には少なすぎた。
『お借り入れから○○日間は無利息』とCMしていた有名な会社から借りた。電話を掛ける前は、会社にバレないか?親にバレないか?人生ダメにならないか?すぐに返せるのか?など、色々考えたが、50万円の枠をもらった瞬間に、その50万円は自分の物になった気がした。また当時は総量規制がなかった時代なので、何度か返済すると、向こうから電話がかかってきて、枠が100万円になった。
50万円を少し超えた所で、彼は少し怖くなった。よくよく考えると、年収200万円程度の人間が50万円を返すことが出来るのか?年功序列で長く働けば給料が上がって行く訳でもないのに…
「返せない」
「パチンコは止められない。親にも言えない。」
ある日を境に彼の頭は借金で一杯になった。
嘘もたくさんつくようになった。
飲み会にあまり参加しなくなった。
20歳から付き合っていた彼女は看護師になって、彼の倍程の年収になっていた。
だんだん生活レベルが合わなくなっていき、些細な事を妬む嫌な男になっていた。
そんな時、彼の職場に4つ下の女の子が入ってきた。とても可愛く、性格もよかった。笑顔がとても印象的な人だった。
やや人見知りの彼は、自分から話しかける事はあまりなかったが、彼女にとても興味を持ち、仲良くなるきっかけを待っていた。
ある日、夜勤が一緒になった。
彼の職場の夜勤は、深夜帯に4時間程の仮眠時間がある。また男女ペアで夜勤なので、気の合うペアの時は詰所でお茶を飲みながら話すこともある。実際に彼も他の女性がペアの時はそうした事もある。
彼女が夜勤ペアになった日、凄く胸がドキドキしていた。浮気とか、そんなつもりはないが、兎に角興味があった。
「あわよくば」
みたいなのを期待していたかも知れないが、随分昔の事なので、明確には覚えていない。
仮眠時間前の最後の見回りの時に、彼女とすれ違った。補足だが、彼の施設は棟が二つあり、それぞれに一人づつ夜勤の職員が配置されている。各棟に男女の入所者がいるので、約2時間事にそれぞれの棟に見回りに行かなければならない。お互いが相手の棟に行く際にすれ違う事になる。
「少しこっちでお茶飲んで行く?」
彼は勇気をだして誘ってみた。
「ありがとうございます!」
彼女は笑顔だった。
話の内容はとりとめのない事ばかりだが、20代の若者が1時間も話せば話題はほぼ恋愛になる。
彼は彼女がいる事、彼女が大阪で看護師をしている事などを話した。彼女は最近彼と別れた話をした。結婚を考えていたが、結局別れたとの事である。
彼女はよく笑う。また、聞き上手な為、時間はあっという間に過ぎ、気がつくと空が明るくなっていて、仮眠時間もそろそろ終わり、朝の見回りの時間が近づいていた。
「電話番号教えてもらえませんか?」
「彼女がいる事は聞いたけど、気持ちは伝えないと分からないので…」
嬉しい反面、少し困った。「困った」という表現は正しくないかも知れないが、今付き合っている彼女の事が好きな気持ちに変わりはないので、どうしていいか分からなかった。
結局、電話番号を教えた。
職場の彼女(今後さやかと呼ぶ)とは時々メールをしたり、職場の仲間同士でご飯を食べる事はあったが、2人で会うことはしばらくなかった。だが、彼はもう少しさやかの事が知りたくなった。
少しだけ、借金の事が頭から離れた。だが、彼の借金は、50万円以上になっていた。