負け犬の遠吠え ~精算2~
あれ以来、さやかと会うことはなくなった。メールもしなくなった。さやかからのメールも来なくなり、職場では顔を合わすが、何となくぎこちなくなった。
彼はあれから、強い罪悪感に苛まれた。言わなければばれることはなかったが、あまりの罪悪感に、ゆうこに自分から話した。悪いと言う気持ちより、常に襲ってくる罪悪感から解放されたい気持ちの方が強かった。
ゆうこは泣いて怒っていたが、しばらくして許してくれた。ゆうこの事が好きなので、もうさやかには近づかない。そう決心した。
彼はずっと以前からゆうこと結婚したいと思っていた。ゆうこもいずれは彼と結婚したいと思っていた。
だが、彼が金融機関を辞め、契約社員になった事や、ゆうこが大阪の病院で働いている事などで、具体的な話は何もなかった。彼がきちんと就職し、結婚に向けて貯金するなり、行動を起こせば良かったのだが、彼はそれをしなかった。逆に、刹那的に借金をし、パチンコも止められず、浮気までしている。目標へのハードルが高いと、それを避けて、楽な方へ逃げてしまうような所が彼にはあった。勿論本人は気づいていないが……
あれから半年…
年が明け、季節は真冬になっていた。
さやかとは、前ほどのぎこちなさはなくなり、職場でも普通に話せるくらいにはなった。ゆうことは、これまで通り仲良く付き合っていた。
ある日の夜、ゆうこと電話をした後、眠りにつく前に考え事をしていると、ふとさやかの事を思い出した。あれから彼女はどうしてたんだろうみたいな事を思っていると、携帯電話が鳴った。さやかからだ。
『今電話出来る?』
「大丈夫だよ」
すぐに電話が鳴る。
「もしもし」
『うん。ごめん夜遅くに』
「どうしたん?」
『うん…』
声が暗かった。悩みがあるような感じだったので、明るくする為に、冗談交じりで彼は言った。
「妊娠でもしたん?」
『うん』
「そうなんや。」
「えっ、ほんまに?」
『うん』
さやかは泣いていた。
「俺の子?」
『違う』
彼との一件のあと、さやかは自暴自棄になり、元彼の友達とそういう事になったという。相手には話したが、手術して欲しい、その後また付き合って欲しいという、理解し難い事を言われたという。親には勿論、誰にも相談出来なく、この日、彼に相談した。
彼の中で、何かが壊れた。
「とりあえず、明日会ってもう一度話を聞かせて」
何故そう言ったのかは分からない。恐らく、少し責任を感じたのだろう。それと、もう一度さやかと会いたいという、彼の中で抑えていた意識がそう言わせたというのもある。
翌日、さやかと会った。かなり落ち込んでいた。産むか手術するかも悩んでいたし、手術した場合、会社や家族にバレないかも心配していた。
「もし産むなら、俺と一緒に育てよう」
なぜそう言ったのかは分からない。10年以上経った今でも思い出せない。だが、さやかが産むと決めたならそうしようと本気で思っていた。
『手術するわ』
「分かった。じゃあ、手術が終わるまではさやかの傍にいるから、不安になったらいつでも頼っていいよ」
『ありがとう。』
『…抱いて欲しい』
「分かった。」
少し考えた後、彼は頷いた。これがさやかとの2回目だった。
その後、ゆうこには事情を説明し、手術までの暫くの間さやかとも何度か会うことを許してもらった。ゆうこはしぶしぶ了承してくれた。
無事に手術は終わり、会社には体調が悪いのでと言う事で、暫く負担の軽い仕事に変えてもらうようにし、家族にも知られる事はなかったようだ。
手術までという約束で一緒にいたが、彼は次第に、もう少しさやかと一緒にいたいと思うようになり、その後数ヶ月、さやかとゆうこの二人と会うという、どっちつかずの状態になった。
結局、ゆうこに好きな人が出来たと言う事で別れ話になり、かなり悪足掻きした末、別れる事になった。約7年の付き合いだった。喧嘩もしたし、彼女との収入の格差に嫉妬したりすることもあったが、また具体的な努力はしなかったが、彼はゆうこの事が好きであり、本気で結婚したいと思っていた事は事実である。
ゆうこに振られる形になり、彼はさやかと付き合う事になった。同じ職場で、収入も似たり寄ったりという事もあり、殆ど喧嘩する事はなかった。交際は順調に進んでいった。
彼の借金は現在55万円程であったが、この頃より、毎月の返済が厳しくなっていた。