負け犬の遠吠え ~転落1~
離婚成立後、健二は坂道を転がるように転落していった。いや、別居した時点からそれは始まっていたのかも知れない。
メンタルを壊している間、スロットは打っていなかった。打てなかった。
とにかく動く気力がなく、それに加えて昼間は眠気が強いので殆ど寝て過ごしていた。また、同じ空間にいるのが嫌なのか、昼間はさやかがなにかと用事を作って外に出ていたので、唯一落ち着ける時間だった。さやかは健二が日中寝ていると、とても嫌そうな顔をしていた。薬を飲む事も許せなかった様で、隠れて飲んで欲しいと頼まれていたくらいだった。
家族が出ていき、少しずつ体調が回復すると、自宅周辺を散歩出来るようになった。
それから、新しい仕事を探さなければならないと考えられるようにもなった。今回の件で、自分の能力が自分が思っているよりずっと低い事を思い知った。社会人になるまではかなり有能な人間だと思っていたが、そうでは無いことは社会にでてすぐにわかった。ただ、人並みか、それよりちょっと低いくらいかなと思っていたのだが、実際はそれより更に低い能力だと言うことがわかった。
仕事の速さ、正確性、周りとの協調性、コミュニケーション能力、根回し、集中力、理解力、メンタル…仕事をしていく上で必要な能力は他にも沢山あるが、健二は特に、根回しと協調性、またメンタルの強さが致命的に足りない。自分の正しいと思ったことは今まで曲げなかった。かといってそれを批判された時に押し切るメンタルも持ち合わせていなかった。仕事や家庭が上手くいかなかったのも、そういう能力の欠如が大きな原因であると思う。
さて、何とか仕事を見つけ、離婚に向けての話し合いも並行しながらの一人暮らしが始まったのだが、薬の効果もあるのか、ゆっくりではあるが、以前のように身体が動く事が増えてきた。ただ、時々眠れない事もあるので、かなり用心しながら生活していた。
身体が動いてくると、スロットも再開した。この頃は、兎に角ストレスを貯めない様にという気持ちが強く、自分のやりたいように生きようと思っていた。
スロットはほんとに勝てなかった。ジャグラー、パルサー、化物語、銭形、まどマギなどを知識なしで打っていたので、給料の殆どがスロットに消えていった。というか、自宅付近のホールは、所謂『ぼったくり店 』だったようだ。知識もないまま打っていたので気にかけることなく打っていた。今思うと、ジャグラーのBIGは25回位が最高で、30回を超えているのは殆どなかった。また、ART機も事故がない限り箱を積む事はなかった。ただ、周辺に店がないのでお客は多かった。健二はお客の数に惑わされていた。
『好きな台を心が満たされるまで打ち、勝つ』
健二のスタイルであった。当然だが、お金が持たない。でもスロットが打ちたい。フリーズさせたい。レアな演出をみたい。
ある日、所持金が150円程になり、それもジュースを買った為になくなり、タバコも吸えなくなった時、モ○ッ○に申し込んだ。
転落する勢いがぐっと加速した。